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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)224号 判決 1992年4月14日

原告

林桂珍

右訴訟代理人弁護士

柳川昭二

吉野正

矢野正剛

被告

法務大臣

田原隆

右指定代理人

開山憲一

外九名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成二年六月一三日付けで原告に対してした難民の認定をしない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成元年九月二七日に本邦に上陸した中華人民共和国(以下「中国」という。)の国籍を有する外国人であるが、同年一二月二〇日被告に対し、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)六一条の二第一項に基づき難民の認定の申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、被告は、これに対し平成二年六月一三日付けで難民の認定をしない旨の処分(以下「本件不認定処分」という。)をし、同月二一日原告に通知した。

2  原告は、被告に対し、同月二五日本件不認定処分に対する異議の申出をしたところ、被告は、同年九月三日原告の右異議の申出には理由がない旨の決定をし、同月七日付けで原告に通知した。

3  本件申請は右1のとおり原告が本邦に上陸した日から六〇日を経過した後に行われたが、これには、以下のとおり、同条二項ただし書のやむを得ない事情がある。

(一) 原告は、本邦到着後福岡入国管理局那覇支局主任審査官から法一三条一項に基づく仮上陸の許可を受け、同審査官が指定した住居である長崎県大村市所在の大村難民一時レセプションセンターに入所していた。その間の平成元年一一月五日テレビ放送により、原告が報道機関の取材に対し「天安門事件の時デモに参加した、中国に帰れば死が待っている。」旨述べたことが報道された。これによって右事実を知った福岡県弁護士会及び長崎県弁護士会の各人権擁護委員会は、共同して原告に対し難民認定等の手続が適法、適正に遂行されているかどうかの調査を始めた。右各委員会の委員である弁護士らは、同月一八日同センターに赴き、写真を示して原告の氏名が林桂珍であることを確認し、原告との面会を求めたのに対し、同センターの所長及び次長は、本省の指示によるとしてこれを拒否した。その後右弁護士らは、同月二四日及び同年一二月八日に原告との面会につき法務省入国管理局警備課長等との協議を余儀なくされた上、同月一五日に漸く原告と面会するに至ったところ、原告から難民としての法的保護を要請された。

同センターの所長及び次長の右の対応は、被収容者処遇規則三三条、三四条に違反し、弁護士の正当な業務行為又は公的色彩を有する弁護士会人権擁護委員会の業務を妨害したものである。

(二) 右のとおり、原告は、本邦上陸後身柄を拘束され、弁護士との面会を妨害されその援助を受けられない状態で、法六一条の二第二項所定の期間を経過したものであるから、本件申請には、同項ただし書のやむを得ない事情がある。

4  原告は、平成元年六月のいわゆる「天安門」の学生運動に共鳴、賛同し、同月三日午前九時ころから午後四時ころまでの間、中国福建省福州市内において、デモ行進に参加し、「反対一党専制」と書いたステッカーを貼付する等の行為をしたところ、同市においてもデモ参加者に対する責任を追求するため公安当局が活動するようになった。そのため原告は、両親の勧めに従って、身の安全のため親戚のいる同国四川省に逃げ、同年八月中旬まで滞在し、更に同年九月二四日同国福建省福清から難民船に乗って本邦に入国した。

したがって、原告は、難民の地位に関する条約(昭和五六年条約第二一号、以下「条約」という。)一条A(2)及び難民の地位に関する議定書一条の規定により難民条約の適用を受ける難民のうち、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、そのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を望まないもの」に当たる。

5  したがって、原告は法二条三号の二所定の難民に当たるから、本件不認定処分は違法である。

よって、原告は、本件不認定処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「処分等」という。)の取消しの訴えは、その処分等により自己の権利又は法律上保護された利益の侵害を受けた者が、その処分等の取消しによって右の法益を回復することを目的とする訴えであるから、その回復の可能性が存する限り、その訴えの利益は肯定されるが、その回復の可能性がなくなった場合には、取消訴訟によっては右のような法益回復の目的を達成することができないから、訴えはその利益を欠くこととなると解される。

2  本件不認定処分のような申請に対する拒否処分は、それ自体何ら積極的な内容を有していないから、仮に判決によってこれを取り消したとしても、申請状態、すなわち右の拒否処分がされなかった状態が回復されるに過ぎず、右の取消判決が確定した場合、行政庁は改めて申請に対する判断をすることとなる。

3  法六一条の二第一項は、本邦にある外国人から法務省令で定める手続により申請があったときは、被告は、その提出した資料に基づき、その者が難民である旨の認定を行うことができる旨を定め、法六一条の二の七は、本邦に在留する外国人で難民の認定を受けているものが、退去強制の手続において退去強制令書の発布を受けたときは、その外国人は、速やかに被告にその所持する難民認定証明書及び難民旅行証明書を返納しなければならない旨を定めていることからすると、法は、難民である旨の認定を行うには、その外国人が本邦に在留していることを要求しているものというべく、外国にいる外国人は我が国の難民の認定を受けることができないものと解すべきである。

右のことは、条約は締約国が締約国の領域内にある条約上の難民に対し条約所定の保護を与えるべきことを定めていること、条約上の難民認定制度も各締約国内にある外国人に対し保護を与えることを目的とすることに照らしても明らかである。

4  しかして、原告は、平成元年一二月一日福岡入国管理局主任審査官から退去強制令書の発布を受けていたところ、平成三年八月一四日右退去強制令書に基づき我が国からその国籍国である中国へ送還された。

したがって、本件不認定処分が取り消されたとしても、原告には改めて難民である旨の認定を受ける余地はない。そうであれば、原告は、本件不認定処分の取消しを求める利益を有せず、本件訴えは不適法である。

5(一)  原告は、被告が原告を中国に送還したことは、ノン・ルフルマンの原則及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一三条に違反しているから、これによって本件訴えの利益がなくなったとすることはできない旨主張する。しかし、右の送還は、法、条約及びB規約一三条に何ら違反しない。のみならず、そもそも原告に対する退去強制令書の執行が適法であるかどうかは、本件訴えの利益の存否とは関係のないことであるから、いずれにせよ右の主張は失当である。

(二)  原告は、法二六条等を根拠として難民の認定がされるためにその外国人が本邦に在留していることは必要でないものと解すべきである旨主張する。

しかし、同条に基づく再入国の許可は、本邦に在留する外国人に対し、先の在留資格及び在留期間等の条件を存続させ、その条件のままで再入国することを認める処分である。すなわち、本邦に在留する外国人は、本来出国すれば在留の実態を失い、その在留資格等は消滅するところ、再入国の許可を受けることによって、出国により本来消滅すべき在留資格等は存続することとなる。したがって、本邦在留中に難民の認定の申請をし、かつ再入国の許可を受けて出国した外国人は、再入国許可の有効期間中に再入国した場合には在留継続とみなされるが、右期間中に再入国しなければ、在留条件存続の効果は消滅し、その外国人は、本邦に在留する者ではないこととなり、難民の認定を受けられないこととなる。

したがって、再入国の許可を受けて出国した外国人はほぼ無条件に難民の認定を受けられるかのような解釈を前提とする右主張は失当である。

また、再入国の許可を受けて出国した外国人は、何らかの短期目的をもって出国した者であって、ほぼ確定的に再入国を予定しているのであるから、これと、再入国の許可を受けることなく出国し再度本邦に入国するかどうかの不明な者とを同列に論ずることはできない。ましてや、原告は退去強制令書の執行により国籍国である中国に送還された者であるから、これを右のような再入国の許可を受けた者と同様に扱うことはできないものというべく、右主張は失当である。

(三)(1)  原告は、行政事件訴訟法九条括弧書によりなお本件不認定処分の取消しの利益を有する旨主張する。

右にいう「回復すべき法律上の利益」があるとは、処分等によって侵害された権利又は法律上の利益の回復の可能性があることをいい、右の回復すべき利益とは、原告適格を基礎付けるに足りる個別的、具体的な個人的利益をいい、事実上の利益又は反射的利益とされるものはこれに当たらないものと解される。

(2) 右2及び3のとおり、本件不認定処分を取り消す判決が確定した場合、被告は右判決の趣旨に従い、改めて本件申請に対する判断をすることとなるところ、原告はもはや本邦に在留していない以上、本件申請に対して難民の認定がされる余地はないから、この場合に難民の認定がされ、更にこれに関連し、又はこれを前提とする他の処分がされることを前提とする右主張は、失当である。

三  原告の本案前の主張

1(一)  条約三三条は、「難民を政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域へ送還してはならない」というノン・ルフルマンの原則を定めているところ、法五三条三項はこれを国内法化した規定であり、しかも同項は難民認定がされているかどうかを問わずすべての外国人についても適用されることとなっている。

(二)  中国においては、政府と政治的意見を異にする者に対して、行き過ぎた取調べがされ、刑事手続において「公正な裁判を求める国際準則」が保障されておらず、このような傾向は天安門事件以後著しくなり、右の者に対しB規約の趣旨に反する扱いのされるおそれがある。

したがって、被告が原告を中国に送還したことは、政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域への送還にほかならず、右ノン・ルフルマンの原則に違反し、更にB規約一三条にも違反している。

したがって、そのような被告の違法な措置によって原告が送還されたことを理由として本件不認定処分の取消しを求める利益がなくなったとすることはできない。

2  被告は、難民の認定がされるには、その外国人が本邦に在留していることが必要である旨主張し、これを前提として原告には本件不認定処分の取消しを求める利益がない旨主張する。

しかし、法六一条の二は難民の認定の申請の要件であって、これを難民の認定自体の要件と解する必要はなく、また、法六一条の二の七は、法六一条の二の二第三項と同様に退去強制に伴う手続につき定めた規定に過ぎないから、法六一条の二及び法六一条の二の七をもって被告の右前提となる主張の根拠とすることはできない。むしろ、法五条一項各号の本邦に上陸することのできない事由は限定的列挙であって一旦退去強制令書が執行されて送還された外国人も改めて適法に本邦に上陸することは可能であるとされていること及び法二六条、六条一項ただし書、九条三項ただし書等によれば難民の認定の申請をした後に再入国の許可を得て出国した外国人は本邦に在留していないにもかかわらず難民の認定を受けることができるものと解されることにかんがみると、難民の認定がされるためにその外国人が本邦に在留していることは必要でないものと解すべきである。

したがって、被告の右主張は失当である。

3(一)  処分等の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分等の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者は、処分等の取消しの訴えを提起することができるものとされているところ(行政事件訴訟法九条括弧書)、取消しを求める処分等が、将来の何らかの法律効果についてその要件事実としての意味を持っている場合、右の法律上の利益があるものと解すべきである。

(二)  難民と認定しない旨の処分が取り消され、難民と認める旨の処分がされると、その外国人には在留資格が付与されることとなる。そして、法七条の二によれば、本邦に上陸しようとする外国人は、予め申請をして、被告から法七条一項二号に掲げる条件に適合している旨の証明書(いわゆる在留資格認定証明書)の交付を受けることができるものとされ、また、右2のとおり退去強制によって送還された外国人も改めて適法に本邦に上陸することは可能であるとされている。これらのことからすると、難民と認定しない旨の処分はその外国人が受けることの予想される処分に重大な影響を持ち、その要件事実を構成するものというべきである。加えて、本件訴えは裁判所に対し抽象的、一般的な問題についての助言を求めるものではないこと、原告がこれまで訴訟追行に費やした労力が考慮されるべきであること等を併せ考えると、原告は、本件不認定処分の取消しを求めるにつき右(一)の法律上の利益を有する者に当たる。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、本件申請が原告が本邦に上陸した日から六〇日を経過した後にされたことは認める。

4  同4の事実中、原告が中国福建省福清県の海岸から木造船に乗船して出発し、平成元年九月二七日本邦沖縄県那覇市所在の那覇新港に到着したことは認め、その余は知らない。主張は争う。

5  同5の主張は争う。

五  被告の主張

1  原告が難民に当たる根拠として主張する事実は、要するに、平成元年六月三日中国福建省福州市内において、デモ行進に参加し、ステッカーを貼付する等の活動をしたこと(以下「デモ行進参加事実」という。)及び同市においてもデモ参加者に対する責任を追及するため公安当局が活動するようになったことをいうものと解される。

2(一)  右のデモ行進参加事実に関する原告本人の供述は、本件申請に対する調査の際と本件不認定処分についての異議の申出に対する調査の際とで、重要な点について異なっており、しかも不合理な内容を含むものであって信用性に乏しい。

(二)  仮にデモ行進参加事実が認められるとしても、その後差し迫った逮捕のおそれはなく二四日間自宅にいた等の原告本人の供述からすると、当時原告が迫害を受けるおそれのなかったことは明らかである。

(三)  中国にいる母からの原告宛書信は、その内容に照らしデモ行進参加事実及びこれを理由とする迫害のおそれを推認させるものではない。

(四)  原告は、本邦到着後、一時庇護のための上陸許可の申請における質問回答及び法二四条一号該当容疑事件の違反調査において、本邦への渡航目的は稼働のためである等の供述をしており、これによれば、原告に迫害事由となる事実がなく、または事実があったとしても迫害のおそれのないことは明らかである。

3  このように、デモ行進参加事実等の迫害事由となる事実の存在が明らかでなく、仮にそのような事実があるとしても、迫害のおそれは合理的なものとは認められず、また迫害を受けるおそれについての恐怖は客観的にみて十分に理由があるとは認められない。

よって、原告を難民に当たらないとした本件不認定処分は適法である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二本件訴えの適否について

1  難民の認定を申請し、これをしない旨の処分を受けた者について、判決によってその処分が取り消され、右判決が確定した場合には、被告は、その趣旨に従い、改めて難民の認定の申請に対する処分をしなければならないこととなるから(行政事件訴訟法三三条二項)、原告は、法律上、右申請を認容され、難民の認定を受ける可能性を得ることとなる。そして、原告の有するこのような法律上の可能性を得るという利益が、難民の認定をしない旨の処分の取消しを求める訴えの利益であると解される。

2(一)  法は、難民の認定について、本邦にある外国人から申請があったときに、その提出した資料に基づいてこれを行うことができること(法六一条の二第一項)、その申請は、その者が本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から六〇日以内に行わなければならないこと(同条二項)を定めており、難民の認定の申請をする外国人は本邦にある者であることを前提として規定している。また、法六一条の二の七は、本邦に在留する外国人で難民の認定を受けているものが退去強制令書の発布を受けたときは、速やかにその所持する難民認定証明書又は難民旅行証明書を返納しなければならないことを定めており、この規定は、法六一条の二の二第二項が、難民の認定を取り消す場合には、被告が、当該外国人に係る難民認定証明書及び難民旅行証明書がその効力を失った旨を官報に告示すること、当該外国人は、その取消しの通知を受けたときは、速やかに難民認定証明書又は難民旅行証明書を返納しなければならないことを定めているのと対比すれば、退去強制令書の発布により、難民認定証明書及び難民旅行証明書がその効力を失うことを前提とするものと解される。そして、退去強制令書が発布されるための要件は、難民の認定を取り消す要件と同じではなく、外国人は、その受けた難民の認定が取り消されなくとも、退去強制令書の発布を受ければ、難民認定証明書等を返納しなければならないこととなっているのであるから、これらの規定によってみると、法は、退去強制令書の発布を受ければ、当該外国人は、速やかに国外に送還され、本邦に在留しないこととなるので、そのような本邦における在留が法律上否定された外国人については難民の認定の効力が当然消滅するとの前提に基づいて、以上のような規定をおいているものと解される。

以上によれば、法は、我が国において外国人を難民と認定するには、その外国人が本邦にあることを要件としているものと解される。

(二)(1)  原告は、法六一条の二の七は退去強制に伴う手続に関する規定に過ぎないからこれをもって難民の認定を受けるにはその外国人が本邦にあることを要するものと解することの根拠とすることはできない旨主張するが、同条の趣旨は、本邦における在留が法律上否定された外国人は難民に対する保護を享受すべき地位を失うというところにあると解されるから、原告の右主張は採用することができない。

(2) 原告はまた、難民の認定の申請をした後に再入国の許可を受けて出国した外国人は、本邦にないにもかかわらず難民の認定を受けることができると解されるから、難民の認定を受けるにはその外国人が本邦にあることを要するものと解することはできない旨主張する。

しかしながら、法二六条所定の再入国の許可を受けて出国した外国人は、本邦に再度上陸しようとするに際しその旅券に日本国領事館等の査証を要しないものとされ(法六条一項ただし書)、上陸の許可を受ける場合に改めて在留資格及び在留期間の決定を受けることを要しないものとされているが(法九条三項ただし書)、これらは、本邦に在留する外国人が一時出国した後再び本邦に入国した場合に、上陸、在留に関する手続を簡略化するとともに、再入国後の在留を出国前の在留の継続したものとみなすこととした規定であって、出国後再び入国するまでの期間においても従来の在留が継続しているとみなすような趣旨までを含むものではない。したがって、再入国の許可を受けて出国した外国人といえども、出国後再入国前の現実に本邦にいない期間において難民の認定を受けることはできないものと解されるから、原告の右主張はその前提において失当であり、採用することができない。

3(一)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<書証番号略>(退去強制令書謄本)によれば、原告は、平成元年一二月一一日付けで福岡入国管理局主任審査官から退去強制令書の発布を受け、平成三年八月一四日中国上海へ向け出発し、右退去強制令書の執行としてその国籍の属する国である同国へ送還されたことが認められる。

右事実によれば、原告は、現に本邦にある者ではないことが認められるから、難民の認定を受けるための要件を欠く者となったものといわざるを得ない。

そうであれば、判決によって本件不認定処分を取り消し、再度本件申請に対する処分をさせることとしても、その結果難民の認定がされることはあり得ないから、本件訴えは、その利益を欠くに至ったものというほかはない。

(二)(1)  原告は、原告が中国に送還されたことは違法であるから、これによって本件訴えの利益がなくなったとすることはできない旨主張するが、本邦にない外国人が難民の認定を受けられないことがその外国人が本邦にない理由のいかんにかかわらないことは右2の判示に照らして明らかであり、原告が本邦になくなるに至った経緯や、その適法かどうかといった事柄によって、右2及び3に判示したところが左右されるものではないから、原告の右主張は失当である。

(2) 原告はまた、行政事件訴訟法九条括弧書により本件訴えにはなおその利益がある旨主張するが、同条括弧書は、処分等の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分等の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者は、処分等の取消しの訴えを提起することができる旨を定めたものであるところ、本件不認定処分は、右(一)の事実によってその効果が消滅するものではなく、ほかに本件不認定処分の効果が消滅している事実の主張はないから、本件訴えの利益について同条括弧書の適用される余地はなく、原告の右主張は失当である。のみならず、右主張は、本邦にない外国人も難民の認定を受けることができるとの見解を前提とするものと解されるところ、そのような見解の採用できないことは右2に判示したとおりであるから、右主張はこの点においても失当である。

三以上によれば、本件訴えは不適法なものとなったからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官長屋文裕 裁判官石原直樹は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官中込秀樹)

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